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没後60年『ジャン・・コクトー映画祭』公式サイト

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ジャン・コクトー讃 山田宏一(映画評論家)

『詩人の血』Le Sang d'un Poète  ジャン・コクトーの『美女と野獣』は、私が見たはじめてのフランス映画だった。あまりの美しさに目がくらんだ。フィルムそのものがきらめき、かがやいているように見えた。

 美女の涙の滴がダイヤモンドになってこぼれ落ちる。歌舞伎の鏡獅子にヒントを得たという野獣のメークが仮面ではないことにおどろく。暗い魔法の森を抜けて白馬が美女を乗せて野獣の館にみちびく。白い大きなカーテンがゆらめき、はためく長い廊下をすべるように音もなく美女が進んでくる。「私はあなたのドアです」とドアが人間の言葉で挨拶をして、ひとりでに開き、美女を迎え入れる。鏡もやさしく美女に語りかける──「私はあなたの鏡です。美女よ、あなたの考えていることを映して見せましょう」。

『ブローニュの森の貴婦人たち』Les Dames du bois de Boulogne まるで、いや、これこそまさに、オトギの国、不思議の国の物語だ。鏡を通り抜けて時空を行ったり来たりするなんて。そして、もちろん、「むかし、むかし、あるところに…」ではじまる映画である。

 フランス映画に熱中した私はのちにフランス語を学び、メルヴェイユ(merveille)──驚異の魅惑あるいは魅惑の驚異、とでも訳すべきか──という表現がジャン・コクトーの映画のためにあるのだとすら思ったものである。スローモーションなど、字義どおりの「のろい動き」でなく、ジャン・コクトーの手にかかると、驚異的な魅惑の映画技法になった。醜悪な野獣が美しい王子さまに変身して、美女と手に手を取って飛び立つ一瞬の、水が渦巻く響動(どよもし)のようなスローモーション──空高く雲のように王子と王女は浮かび上がる。あるいは『オルフェ』の黄泉(よみ)の国から現世へ帰還するときの果てしなく深く長いスローモーション──あの世とこの世の間にうごめく泡のような、影のような、物売りの声まで聞こえたような気がする。石の彫像が呼吸し、必殺の矢を放ち、死の使徒がオートバイに乗ってやってくる。閉じられた瞼には大きく見開かれた眼が描かれて永遠に眠ることのないきびしく美貌の死神。映画とは「活動中の死」を描くことだと詩人は誇らかに言うのだ。

『美女と野獣』La Belle et la Bête ジャン・コクトーがはじめて映画に手を染めたアヴァンギャルドの名作、『詩人の血』には、天井を這う小さな女の子とか心臓を盗む黒い天使が出てきたと思う。半裸の詩人がプールのような鏡にとびこむと水しぶきをあげて鏡の向こうに抜けられるとか…早くも多彩なイメージの遊戯の洪水だ。

 ジャン・コクトーならではの「詩的」な、そして「映画的」な台詞やナレーションの協力があってこそ成功した映画もある。ジャン・ドラノワ監督の『悲恋』やジャン=ピエール・メルヴィル監督の『恐るべき子供たち』はしばしばコクトー/ドラノワ作品、コクトー/メルヴィル作品とよばれて知られてきた名作だが、ロベール・ブレッソン監督の最高傑作と言ってもいいし知られざる名作と言ってもいい『ブローニュの森の貴婦人たち』のために書かれた台詞の見事さを知る人は少ないかもしれない。ジャック・ドゥミ監督『ローラ』やフランソワ・トリュフォー監督『柔らかい肌』には『ブローニュの森の貴婦人たち』の台詞からの心のこもった引用があることに気づかれた人はもっと少ないだろう。

『オルフェ』Orphée ヌーヴェル・ヴァーグ(新しい波)とよばれたフランスの若い世代の映画作家たちはジャン・コクトーの自由奔放なインスピレーションに刺激され、敬意を表した。ジャン=リュック・ゴダールは『勝手にしやがれ』でデビューする直前に撮った短篇映画『シャルロットとジュール』をジャン・コクトーに捧げた。ジャック・ドゥミは心からの敬意をこめて『美女と野獣』のリメークとも言えるオトギの国の物語、『ロバと王女』を撮った。フランソワ・トリュフォーは『大人は判ってくれない』のヒットで得た収益の一部をジャン・コクトーの遺作になった『オルフェの遺言』の製作に注ぎ込み、『緑色の部屋』の死者たちの祭壇の中央にジャン・コクトーの遺影を飾った。ジャン・コクトーもまた、『オルフェの遺言』をヌーヴェル・ヴァーグへの最後の挨拶、自らの「告別」の映画として撮り上げたのであった。

 心ときめく映画史の響宴に立ち会えるジャン・コクトー映画祭だ。

詩人の血ブローニュの森の貴婦人たち美女と野獣オルフェ

ジャン・コクトー

ジャン・コクトー詩人、小説家、劇作家、画家、役者、映画監督、その多彩な活動から<芸術のデパート>と呼ばれたジャン・コクトーは1889年7月5日、パリの裕福な家庭に末っ子として生まれる。8歳の時、アマチュアの画家でもあった父が謎のピストル自殺。20歳ごろから社交界、裏社交界に出入りするようになり、雑誌や新聞に寄稿、詩人として頭角を現し、マルセル・プルーストやモディリアーニ、ココ・シャネル、ストラヴィンスキーと様々な業界のアーティストたちと交流を深めていく。アンドレ・ブルトンらシュルレアリストたちとの対立、長編処女小説「肉体の悪魔」によって時代の寵児となるレーモン・ラディゲとの出会いとラディケの死、阿片中毒と解毒治療……病と死が深く陰影を落とし、生活や精神の均衡が崩れるときも彼は頑なに表現活動を続けた。映画の処女作は『詩人の血』(1932)。1937年にはその後、長年にわたって公私のパートナーとなる俳優ジャン・マレーと出会い、『美女と野獣』(1946)、『恐るべき親達』(1948)、『オルフェ』(1950)といった傑作を手がける。

小説の代表作は「大胯びらき」(1923)、「白書」(1928)、「恐るべき子供たち」(1929・ジャン=ピエール・メルヴィル監督によって1950年に映画化)、戯曲では「オイディプス王」(1937)、「双頭の鷲」(1946)など。日本では堀口大學に訳され、三島由紀夫、堀辰雄、寺山修司、澁澤龍彦ら多くの作家に色濃く影響を与えた。1963年10月11日、友人エディット・ピアフの死去を耳にして容態が急変、永眠する。ジャン・マレーは1999年に85歳で亡くなるまで、コクトー作品を舞台で演じ続けたという。

ジャン・コクトーという不滅の星──小説に、演劇に、映画に、あらゆるジャンルの垣根を飛び越え、聖なる愛や生、死を、そして真実以上の<真実>を描き出したコクトー。その作品の数々は永遠に新しく、天体のようにきらめいて、我々に微笑み続けることだろう。

著名人コメント
『詩人の血』 ⻘野賢一(文筆家/選曲家)

メビウスの輪のような映画である。詩人と、詩人の自画像の唇を持った《ミロのヴィーナス》を彷彿させる彫像は、ひとりの詩人の異なる自我の表出であり、表裏。どちらかが表になるとき、もう一方はなくならず裏に存在する。これを詩人と彫像の性別として捉えてもいいだろう。ところが男性性の象徴とでもいうべきピストルや白い雪玉によって詩人あるいは詩人の子ども時代と思しき少年、つまり「男」が死ぬとき、この均衡は破られる。ポエジーが立ち上るのは、まさにその瞬間なのだ。
その意味では男性性の象徴のなかでもひときわ大きい工場の煙突が爆発して崩れ落ちる映像が最初と最後にやや捻れたかたちで用いられているのは実に興味深い。

『オルフェ』 海野弘(美術評論家)

鏡の国のコクトー 『オルフェ』に寄せて
コクトーは映画を夢の世界といった。第二次世界大戦後のパリのサンジ ェルマン・デ・プレを舞台に、ギリシア神話の詩 人オルフェウスの物語がくりひろげられる。 映画『オルフェ』では、コクトー芸術の中心ともいえる鏡とオルフェウス ( オルフェ)のテーマと、戦後パリの、実存主義とジャズの、ジュリエット・グレコとボリス・ヴィアンのサンジェルマ ン・デ・プレの現代風俗の両方を楽しむことができる。
生と死、男と女、古い世代と新しい世代の境界である鏡を自由に 通り抜けていく〈詩人〉の想像力こそ、現代の私たちへの、コクトーの贈物なのだ。ラストの、死の女神(マリア・カザ レス)が、詩人オルフェに未来の命を与えて、廃墟の彼方に消えていく幻影が限りなく美しい。

『美女と野獣』 合田ノブヨ(コラージュ作家)

昨今の妖精譚や魔法の物語の映画にときめくことが出来ないのは、子供の頃にコクトーの「美女と野獣」を知ってしまったからだろう。この美しさ、薫り高さ。陽の射さない城の一室や森の邪悪な暗闇に、美女のほの白い顔と猫のように端正 な野獣、白薔薇の浮かび上がる様は、ペロー童話のドレの挿絵から抜け出て来たようで、ゾクゾクする。怪しの鏡や手 袋、生きている彫像に燭台を掲げる奇妙な手たち、ダイヤに変わる涙...。一度この映画をみれば、何度でも記憶の断片で 極上の夢がみられる。
余談だが、ロケ地のラレー城には 17 世紀の少年の亡霊が棲んでいるそうだ。どこかに彼も映り込んで、一緒に魔法を奏でているかもしれない。

鈴木慶一(moonriders/ミュージシャン)

ジャン・コクトーの映画がデジタルリマスター版で上映される そのことに大変な期待を持っています。
特に「美女と野獣」は あの野獣の森が、どれだけ鮮明になるのか。これまで観てきた 映像は、秘密を詰め込んだ瓶越しに覗いているようでしたから。とにかくコクトーの映像を眼病を患って観ているのではない状態で体験出来るのなら、こんなに幸せな事は無い。
私が一番好きな「オルフェの遺言」も リマスターされるといいのですが。この映画は、本に載ってた写真しか観たことがなかったのですが、欲求強く、ついに高額な映写機と8ミリフィルムを購入し、 やっと70年代後半に観ることが出来たのでした。渋谷のジュネス企画に輸入をお願いして。自宅でカタカタとフィルムを回しながら何度も何度も観た感動は忘れられません。
この特集上映される作品は、きっとオルフェが映像を片付けてくれたのでしょう。 夢と幻と現実と美をリストアしてくれたに違いないのです。

上映スケジュール
劇場情報
公開日 地 域 劇場名
北海道
近日公開 札幌市 シアターキノ
東 北
2月3日 仙台市 チネ・ラヴィータ
近日公開 山形市 フォーラム山形
関 東
上映終了 渋谷区 YEBISU GARDEN CINEMA
2月10日 武蔵野市 アップリンク吉祥寺
近日公開 横浜市 シネマ・ジャック & ベティ
2月18日 川崎市 川崎市アートセンター
近日公開 高崎市 シネマテークたかさき
甲信越静
1月21日 松本市 松本CINEMAセレクト
中部・北陸
1月14日 名古屋市 名古屋シネマテーク
近日公開 富山市 ほとり座
近日公開 金沢市 シネモンド
関 西
2月3日 大阪市 シネ・リーブル梅田
2月17日 京都市 アップリンク京都
3月11日 神戸市 cinema KOBE
近日公開 宝塚市 シネピピア
中国・四国
近日公開 岡山市 シネマ・クレール丸の内
近日公開 広島市 横川シネマ
近日公開 尾道市 シネマ尾道
近日公開 松山市 シネマルナティック
九州・沖縄
近日公開 福岡市 KBCシネマ
近日公開 熊本市 Denkikan
2月18日 大分市 シネマ5
近日公開 鹿児島市 ガーデンズシネマ
近日公開 那覇市 桜坂劇場
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